第1回 管理人、中村天風を知るの 巻

 私が中村天風の名前をはじめて聞いたのは、このHPを立ち上げてから半年もたった頃だったろうか?
HPなごみ島の管理人でもあり、正心調息法英訳にもご尽力いただいたT氏が、天風会の会員であったのがきっかけであった。
雑談のついでであったろうか、”天風先生”という名前・・・、変な名前の人がいるもんだ、雅号なのかな?

 ある日何気なく、著書を読んでみようかな?と思い立ち、T氏にメールでお奨めの物はありませんか?と尋ねたところ、3冊の本を紹介されました。
(成功の実現・盛大な人生・心に成功の炎をの3冊)
驚いたのはその本の値段です、9800円!それも3冊込みではなく、1冊です

おいおい、T氏は取締役だから簡単に推薦してくれたようだけれど、さすがに簡単に買えるもんじゃないな・・とその時(笑)
”でも○○さん(私)、この本は絶対それだけの価値がありますよ”と言われた。

T氏

T氏は私より少し年下、何ともいえない雰囲気があり、また不思議な人物です。はじめてお会いしたのが塩谷先生の講演会でした。講演会が終了後、ロビーで御挨拶を頂き、私は”Tさん、前に一度何処かでお会いしませんでしたか?”と・・・。
勿論T氏は”いいえ(困惑気味に)”
その後、数回お会いする機会を得たとき、私の後輩を連れていったら、後輩も”Tさん、前に何処かでお会いしませんでしたか?”と私と同じ事を聞いてました(爆)
実際私は、前にお会いしたことありませんか?と感じる人はほとんどいないので(なにせ平凡能力者ゆえ)このことは、私にとっては稀有な事柄ではあったことを申し添えておきます。

T氏、何処にでもある一般的な顔立ちなんだろうか?
そんなことはどうでもいいことなのだけれど、T氏の凄いところはいつもニコニコ、決して悪口は言わない、いつも元気、バイリンガル(関係ないか(笑))等々、私には全く備わっていない物が、彼には備わっているところでした。(みなさん、世の中にはそういう人っているじゃないですか?みなさんの回りにもいませんか?)
私は、どうしたらこんな風になれるのかしら?と・・・、もしかすると、天風会とかいう怪しげな会が関係あるのかしら?いやいや、中村天風って人が関係あるのかな?

天風先生の弟子は延べで100万人を超えるという、その多くにかなりの実業者が含まれることも大きな特徴である。
松下電器の松下幸之助、京セラ会長の稲盛和夫、東武百貨店社長山中氏、政界からは、原敬(首相)、後藤新平(満鉄総裁)尾崎行雄(法相)、スポーツ界では、双葉山、広岡達郎(野球)その他、医学界、法曹界等上げればきりがないほどの各界の頂点を極めた人が天風先生を「生涯の師」として心服している。
(もしかすると、天風先生に心服したが故に頂点を極めたのかも知れないのだけれど・・・)

勧められた本を探しに大手の本屋に向かう・・・。どこのコーナーに天風先生の本が置かれているのだろうと捜すが、やはりというか実業書、経済関係のところに置かれてあった。そして、10000円近い本がデンと鎮座ましまして、他の本を圧倒している。恐る恐る本を手にしてパラパラとめくってみる(何せ10000円の本なんか今までお目にかかったことがなかったのだから)
目次を見て、少し読み始める、なにせ高価な本だし、おいそれと購入出来ないわけで、じっくりと品定めである。

第1章 人生の一番大切な自覚、2章 信念と奇跡・・・、読み始めると止まらない。この本、なんと天風先生の講演や勉強会で話されたことが語り口のままに、文章(本)になっているのだった。
本を読んでいると、天風先生の語り口がそのまま聞こえてきそうである

【実は、以前になごみさんから天風先生の講演テープをお借りして聞いたことがある。始めて聞いた天風先生の語り口は、名人と呼ばれた落語家の円生師匠を彷彿とさせ、聞く者を引き込んでいく。(実際、円生師匠も天風先生の弟子だったようであるのだけれど)】

そして当然立ち読みだけで済むような本でないことをすぐに悟り、早速購入してしてしまったのは言うまでもないことである。

第2回 中村天風って何者?の巻

中村天風

本名:中村三郎(1876ー1968) 号天風師

明治9年7月生、昭和43年92歳でこの世を去った。
生まれたのは今の東京は王子駅の側、父は中村祐興。旧柳川藩士で、三郎の生まれた頃は、大蔵省に勤めており、印刷局の局長であった。
明治初年の王子といえば全くの農村地帯であった。中村家は大蔵省の官舎住まいであったが、その官舎には英国から招かれた英国人技師が住んでいて、幼い三郎はすっかり仲良しになる。
三郎が英語に堪能であったことはここから始まるのであるけれど、これが後に彼の人生に大きな影響を与えることになる。

 小さい頃より、剣を持たせたら右に出る者はないといわれた三郎、戦争中は”人斬り天風”とまで言われた。小学校に入る頃から、生来のものなのか腕白さが増していく。
そして5年、6年の頃にはもう手のつけられぬ暴れん坊になっていた。
喧嘩などは日常茶飯事、鼻血を出させるくらいは朝飯前、時には指をへし折ったりするほどの凶暴さで、これでは将来が危ぶまれるということで、父親の郷里福岡の知人宅に預けられることとなる。

しかし、相変わらずの乱暴者、中学四年になろうとする頃、柔道の対抗試合の遺恨から殺傷事件をおこしてしまう。といっても、柔道で三郎に負けた相手が試合後に三郎を呼び出し、集団で暴行したので、三郎はその後、相手を一人一人探しだし叩きのめしていった。
そのリーダー格のところへ行ったときに、相手は刃物を取り出し三郎に襲いかかった、しかし、弾みで自分自身を刺すこととなるのだが、当時の警察は、今と違いそんな卑怯な輩は、ということで三郎は正当防衛ということで決着をみたけれど、学校は退学処分となる。

さて、父の郷里福岡に預けられた三郎は、福岡の壮士集団である玄洋社で頭山満と出会うこととなる。誰の言うことも聞かない激しい気性の三郎であったが、頭山には心から心服し尊敬して、生涯、頭山を師と仰いだ。
日清戦争が始まり、三郎は軍事探偵として戦争に参加するが、持ち前の剛胆さと俊敏さで軍事探偵として大きな活躍をする。その活躍を題材に新国劇一座により上演されたり、小説”鞍馬天狗”のモデルとなったりしている。
しかし、日露戦争も終ったころ、三郎はしきりに咳をするようになり、ついに血を吐いた・・・
奔馬結核と診断される悪性の結核であった。当時の肺結核は、死病ともいわれ、北里袈裟三郎先生の指導を受けたが症状は一向に好転しなかった。

他にも医学・宗教等の世間では著名といわれた人の指導を受けるも、そこには、理論もなければ、方法もなく、愛情のこもった説明もなかった。
後に三朗が天風となり、理論も方法も整然とした心身統一法を創見し、暖かく多くの人を救ったのは、この時の、病む者の苦悩の体験があったからだといわれている。

三郎は日本での救いの道をあきらめアメリカに渡る。しかしそこでも期待通りの成果は得られなかった。しかし、一つだけ良かったのは香港の華僑の息子がコロンビア大学に医学を学びに来ていたのだけれどその身代わりとして、医学を学んだことであった。ちなみに三朗は首席で卒業した(といっても身代わりではあったのだけれど・・・)
先にも書いたけれど、三郎の幼き頃には隣にイギリス人技師が住んでおり、英語を覚え、中国語は軍事探偵として身につけていた。
医学を身につけはしたけれど三郎の結核は治らなかった。
そして華僑から貰った身代わり受講の多額の謝礼を元に三郎はヨーロッパに渡る。イギリスにフランスといろいろ訪ね歩くもやはり、誰も三郎の期待に答えてくれる者はなかった。

第3回 中村三郎カリアッパ師と出会うの巻

失意の中で病状も悪化して、あきらめの中で日本へ帰ろうとマルセーユから貨物船に乗った三朗であったそして、スエズ運河での他の船事故により貨物船はアレクサンドリア港で足止めを食うことになる。
三郎はレストランでイスに腰をおろし、運ばれたスープにも手をつけずにいた。というのも朝大きな喀血をしたばかりであった。
さして広いレストランではないが客といえば、中村三郎ともう一人いるだけで、まことに静かなものであった。もう一人の客というのは、白いサリーの上に濃い紫のガウンを羽織って、従者を二人も従えた大地主か貴族のような、それなりの地位を持った人であるのは一目で分かった。

三郎は興味を惹かれていると、その人は三郎にふっと優しい微笑みを投げかけた。

「どうです、こちらにいらっしゃいませんか?」

その声に誘われ三郎は引き込まれるようにそばに寄った。包み込むような暖かみのある声であった。

「あなたは、右の胸に大きな病をかかえていますね」と言った。

三郎は驚いた。たった今あったばかりで、話といっても身の上話などしたわけではない。
〈どうしてわかったんだろう?〉
困惑げな三郎の表情にかまわずさらに
「その病を持って日本へ帰り、墓穴をほりに行くことになるがなあ」と
静かながら、深い慈愛のこもった口調であった。
「もう助からないのは自分でも承知しております。ですからどうせなら自分の故国でと思って・・・」

この時代の結核は不治の病であった。

「助からないと自分でそう思っているだけでしょう?自分ではダメだと思っているようだけれど、私の目に映るあなたは、まだ死ななければならない人間には思えない、何も医学だけが全てではあるまい」

「とにかく、あなたは一番大事なことに気づいていない。それさえわかれば、まだあなたは死なずにすむ。どうだろうあなたがまだ気づいてないことを私が教えて上げようではないか」

「これから私は国に帰るのだけれど、どうかな、私と一緒についてこないかね」

                                       つづく


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